11/3(祝火)『唐版 風の又三郎』本読みWS 第1回 その①

今日の画像は初演時のチラシです。

一昨日、11/1(日)から、
オンライン本読みWSは『唐版 風の又三郎』に入りました。
これから、約3ヶ月をかけて、みなさんと声に出してすべての
せりふや劇中歌に触れながら、この唐さんの代表作の理想的な
上演を思い描いていきます。

と、今回はそれだけでなく。
せっかく事前に『ベンガルの虎』を皆さんと読み、
唐ゼミ☆公演として上演もしたので、このふたつの作品を
比べながら『唐版 風の又三郎』を読むことを目標に置きました。

初演年としては、
1973年春『ベンガルの虎』
1974年春『唐版 風の又三郎』
という流れで、このふたつの劇は書かれ、上演されました。
私には、唐さんが事前に『ベンガルの虎』を上演するなかでで
得た手応えや、もっと言えば、反省が昇華されて、『唐版 風の又三郎』
に結実したと思えます。それらを具体的に追っていくと、
両作品の輝きはよりクッキリとしてきます。

もちろん、『ベンガルの虎』を知らない、観ていない参加の方にも、
両作品が分かるような進行を心がけます。

一昨日は初回だったので、私が『ベンガルの虎』上演を通して
この劇を知るなかで、これは『唐版 風の又三郎』に活かされている!
と考えるようになった点を列挙しました。

それらはこんな具合です。

・ヒロイン「カンナ」が死んでいた、というのが分かりにくい。
・「カンナ」と「銀次」の無関係さが劇終盤で発覚するのが、強引すぎる。
・「水島」の生死が曖昧。(正確には、死人に取り憑かれながら生きていた)
・旧日本軍の者たちと男色。
・「インパール作戦」「白骨街道」「村岡伊平治」といったトピックについての
説明が、劇中に乏しい。
・ざっくりと表現された東南アジアの地理。

・・・というわけで、『唐版 風の又三郎』を読みながら、『ベンガルの虎』の
こうした点にも触れていきます。
一昨日はお話だけでなく、冒頭シーンを読みました。
明日は続きとしてその場面をレポートします。